金融そもそも講座

エネルギー価格、高原状態へ

第339回 メインビジュアル

ニューヨーク原油市場の先物価格が1バレル=90ドル前後と、今年最高値を更新した9月の中旬にこの原稿を書いている。視点は、「世界のエネルギー高は一時的ではない継続的な動きになる」「それは世界的な物価の動向も大きく左右し、マーケットへの影響も大きい」というものだ。

確かに新型コロナウイルス禍明けの中国では、ガソリン需要は高まっている。経済が停止状態から活動レベルを上げているからだ。しかしそれは当面の話だ。中国経済は全体的に見れば不動産、雇用状態の悪化を中心とする不振に見舞われ、一部ではデフレを懸念される。中国以外の各国の経済を見ても、それほど強い動きは見えない。それなのになぜ「原油高は続く」と予想できるのか。

一番のポイントは、供給サイドの価格支配力が強化されたことだ。BRICSの拡大がサウジアラビア、イラン、UAEという大きな産油国を包括する形になったことで、特に「サウジとロシアの連携」が顕著になってきた。この2カ国は今後も原油高を演出し、協力・協調を強化するだろう。OPEC(石油輸出国機構)、OPECプラス、そして拡大BRICSと、枠組みがそろった。

日本など需要サイドである西側諸国は、対応するだけの隊列をそろえられない。その理由は後述する。その結果は「継続的な高価格エネルギー時代の幕開け」となる。それは世界の物価情勢とマーケットに大きな影響を及ぼすが、それは次回に。まず現在進行しつつある大きな変化について。

BRICS拡大のインパクト

一番の変化は、BRICSの拡大だ。拡大が正式に発表されたのは南アフリカ共和国のシリル・ラマポーザ大統領が8月末に行った首脳会議の成果に関する演説の中。現在ブラジル(B)、ロシア(R)、インド(I)、中国(C)、そして南アフリカ(S)の枠組みに、新たにアルゼンチン、エジプト、イラン、エチオピア、サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)の6カ国を加えることになった。正式参加は2024年1月1日が予定されている。

実際の拡大はあと3カ月以上も先の話だ。また今の加盟国数(5)を上回る国(6)を迎え入れる新・拡大BRICSがどういう性格の組織になるかは不明な面がある。しかし筆者はこのニュースを聞いた瞬間から、BRICSの中の資源国であるロシアに加えて、サウジアラビア、イラン、UAEという中東の大きな資源国が入ることで、「拡大BRICSは“資源国組織”の側面を強める」と判断した

今の世界的な原油高の大きな背景は、ロシアがOPECと緩い組織(OPECプラス)を作って産油国優位な形で時には石油価格の下落を防ぎ、時には消費国の期待を裏切って減産政策を行っているためだ。その「OPECプラス」に加えての「拡大BRICS」の誕生。何を意味するかというと、世界の石油供給に大きな指導権を持つサウジアラビアとウクライナ侵攻で西側諸国と対峙しているロシアが、OPECプラスに加えて「拡大BRICS」という枠組みでも「今後密接に協力し合う」と言うことだ。

かつて世界の石油市場は、米国と石油メジャー(大手石油会社)の思惑の中で動いていた。米国が世界最大の石油輸出国であるサウジの政策決定に大きな影響力を持っていたからだ。サウジアラビアとは「サウド家のアラビア地方」という意味で、アラビアとは「砂の民、遊牧を行う人」を指す。人口も少なく、国の形も脆弱だった。それを米国が支え、代わりにサウジはその思惑に従った原油生産政策を採用するという関係だった。

しかしここに来て、石油の富の蓄積でサウジの自立性は格段に高まった。最近では中国の仲介により中東の宿敵イランと7年ぶりに外交関係を回復した。加えての習近平主席主導の拡大BRICSへの参加だ。サウジはこれまでよりさらに米国の思惑とは離れた外交・資源政策を採用するだろう。

減産体制の維持

実際にサウジアラビアは9月の初めに、「2023年7月以降継続している日量100万バレルの原油の追加自主減産を10月以降も年末までさらに3カ月延長する」ことを明らかにした。明らかに自主減産終了を期待した米国を無視したものだ。同国の10月以降の原油生産量は日量約900万バレルが維持される。

サウジの減産発表のすぐあとに、ロシアは同国も石油生産の削減(日量30万バレルとされる)を継続すると表明した。「石油市場の均衡を維持する取り組み」として削減を実施するとしている。OPECプラスは6月に「協調減産の枠組みを2024年末まで延長することで合意し、サウジは7月に独自に追加減産を行う方針」を示していたので、サウジの減産維持はある意味既定路線だ。しかしウクライナとの戦争で戦費が欲しいロシアが協調減産を打ち出したのは予想外だ。

筆者はOPECプラスの従来の枠組みに加えて拡大BRICSにサウジが入ることで、「産油国であるサウジと同ロシアの協調路線」は、従来に増して強まると見る。確かに政治体制は違う。しかしサウジ、ロシアともに「高い原油価格を欲している」という事情は同じだ。サウジは将来を見据えた国造りのために、ロシアは戦費調達、西側経済の弱体化のために。しかも拡大BRICSにはイラン、UAEという有力産油国も参加する。「原油の供給国サイドの隊列がそろった」と筆者が見るのは、そういう意味だ。この結果、米国の証券会社の中には「来年の原油価格は100ドル超え」との見方も出ている。

サウジのエネルギー省筋は「今回の追加減産は、OPECプラスの予防的な取り組みを強化するものであり、石油市場の安定と均衡を支援する狙いがある」と述べたという。「石油市場の安定と均衡を支援」とは、言い換えれば「(産油国が有利なように)需要国の景気が底割れしない程度に原油価格の高水準を維持する」ということだ。

日本や欧州各国など需要国の景気が底割れして石油需給が著しく緩んで原油価格が急落し、産油国が安売り競争になるのは避けなければならない。しかしそうならない範囲で、原油価格はなるべく高く維持することが産油国(サウジ、ロシアなど)にとってメリットと考えているに違いない。

エネルギーの高価格時代が続く

繰り返すが、重要なポイントはサウジアラビアは我々が想像する以上に「米国離れした国」になったということだ。武器などは依然米国依存だろう。しかしそこ止まりだ。サウジは最近、同国を訪れたバイデン米大統領の意向(増産要請)も慇懃(いんぎん)に無視した。

むしろ石油を巡るサウジアラビアの利益は、ロシアと同じだ。中東情勢全般に関して言えるが、米国の影響力は著しく低下している。サウジとイランの外交関係樹立で仲介を行ったのは中国だ。米国に出番はなかった。恐らく今後もサウジは石油政策では米国ではなくロシアに歩調を合わせる。その結果が「世界のエネルギー価格の高水準維持」となる。

なぜ石油需要国は隊列をそろえられないのか。BRICSにはインド、中国など石油消費国も入っているので、純粋な産油国組織ではない。しかし重要なのは、この2カ国はロシアと親しく、今でも日本など西側消費国より安い価格で石油、天然ガスを輸入できているということだ。

さらに筆者が懸念するのは、BRICS拡大の見えざる主導国である中国に、「G7に対抗する組織」組成の意識が強くあることだ。中国は事あるごとに「対G7での“拡大BRICS”の優位確立・拡大」の意識を出すだろう。ロシアのプーチン大統領にも、「G7は世界の主流ではない。途上国やグローバル・サウスこそ世界の主流」との考え方が強い。

南アフリカのラマポーザ大統領は、「BRICSはG7に対抗するものではない」と述べている。しかしその中心メンバーであるロシア、中国に強い「反先進国・反G7」の意図がある以上、恐らくG7と拡大BRICSは対立関係になる。日本や欧州など非資源国が多いG7にとっては、拡大BRICSはややこしい存在になること間違いない。

次回は「世界的な物価の動向も大きく左右し、マーケットにも影響大」について書く。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。