金融そもそも講座

ドジャースと米経済は強い!②

第353回 メインビジュアル

ドジャースと米株価の強さにはやや“間隔”が生じつつある。ドジャースについては荘厳な上位打撃陣に比して投手陣がまだ整備されていないし、他球団を顧みない強烈補強でさらに強くなった同球団に対し他球団の選手達が「この球団にだけは負けたくない」(「1対29」現象)と向かってきているためだ。だから勝ちのペースがやや遅くなった。

米株価も調整局面にある。一つはご存じの通り中東情勢が「ハマス対イスラエル」の構図から、「イラン対イスラエル」の地域中軸国家間の直接対決になってきたからだ。ハマス対イスラエルは非対称の戦いでイスラエルが国際的非難を浴びても趨勢は予測出来た。

しかしイランは9000万近い人口を抱える中東における大国。軍事力もあって、ロシアなどにドローンなどを中心に武器を供与している。一方でレバノン、イエメン、シリアなどの親イラン・シーア派勢力を長く支援し、「イスラエルをこの世から消す」と公言している。イラン対イスラエルの戦いは中東全体を巻き込む危険性があり、それはマーケットとしても懸念せざるを得ない。

しかしもっと大きな米株価にとっての懸念は、「強すぎる経済」だ。最近の経済統計で筆者が一番驚いたのは3月の小売売上高(季節調整済み)だ。なんと前月比0.7%増となった。率で市場予想(0.3%増)の2倍以上となった。

「予想を立てている人は、ちゃんと仕事しているのか」と筆者は思った。2月分も当初発表の0.6%増から0.9%増に上方改定された。消費者物価なども予想以上が続いているし、雇用も実に堅調。強すぎるが故にマーケットが期待していた「今年数回の利下げ」は先延ばし状態。故の株価調整だ。

インフレ抑制で前進なし

マーケットの利下げ期待に明確に水を差したのは、(米連邦準備制度理事会(FRB))のパウエル議長だ。同議長は4月中旬に米加中銀経済フォーラムで講演し、

  • 1.今年これまで、米国ではインフレ(抑制)での一段の前進はなかった
  • 2.最近のデータは(インフレ抑制に関して)我々により深い自信を与えてくれるものではない
  • 3.その自信を持てるようになるには予想より長い時間がかかる

と述べた。一連の発言は、淡い期待を残していたマーケットを失望させるに十分だった。市場は、米国のインフレ率は趨勢的には下落に向かっており、金融当局は昨年までに大幅に上げてきた政策金利(現在は5.25〜5.5%)を、今年は数回、少なくとも3回は引き下げるだろうと期待していたからだ。

その期待は完全に吹っ飛んだ。パウエルさんに「インフレでの前進は今年これまではなかった」と言われてしまったら、期待への死亡宣告だ。抗弁できない。出てくるインフレ関連数字が軒並み予想を上回っているからだ。となると今後の前進が重要。しかし中東情勢もあって原油は高止まりしている。「やはり(利下げは)期待できないのか」となった。

マーケットを作り上げているのは、失礼ながら気ぜわしい連中だから、何か予想を立てるとそれが比較的早期に実現しないと気が済まない。しかしパウエル発言は彼らの気をそいだ。金利の下げを予定して作っていたポジションはやはり調整する必要がある。それが今の状況だ。

年内なしの観測も

ではいつまで待つ必要があるのか。いろいろな見方がある。一部の米大手銀行はまだ「6月、いや7月にはある」と言っているが、大部分は先送りに予測を変え始めた。9月を超えて11月、いや12月との見方ある。悲観的なのは「年内はない。来年の3月だ」との見方だ。

米国のこれまでの株価上昇を引っ張ってきたのはIT(情報技術)、人工知能(AI)など新興企業群だ。若い企業は財務体質が弱い。お金を様々なところから調達する必要がある。それには低い金利が有利で、マーケット全体として今は「低金利希望状態」となっている。

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では何が米国の経済を今けん引しているのか。とにかくモノ、サービスが良く売れるのだ。3月の小売売上高が「市場も驚く大幅増」となったことについてはもう触れた。少し項目別に見て見よう。3月は不振なものも散見される。自動車・部品は0.7%減。家具も0.3%の減少。これらは家計が裁量的支出を削減していることを示唆している。電子機器・家電は1.2%、服飾は1.6%それぞれ減少した。

しかし一方で凄く伸びた部門もある。オンライン小売りを含む「無店舗小売り」が2.7%も増加し、最も目立った。米国GDPの7割は消費だから、伸びるネット販売の大幅増加は大きく成長率を引き上げる。ガソリン価格の上昇を背景に、ガソリンスタンド売り上げも2.1%増となった。

食料品、外食への支出も前月から小幅に上昇し、ホームセンターも0.7%増で前月比プラスだった。全体的に見ると一部(裁量支出分野)では消費にややブレーキが掛かってきている様子もうかがえるが、米国の消費者の強気姿勢は変わっていないのだ。「よく買い物をする米国人」は手つかずのまま。

低失業率と所得の伸びに対する確信

では、なぜそれほど米消費者は強気なのか。筆者は

「職は探せば必ず見つかる。それも、今より良い給与水準の職があるはず」

という米国人の現時点での自信(confidence)であり、それが消費心理を前向きにしていると思う。去年のサンディエゴ、今年のロサンゼルスのあちこちを動き回る中で、消費者の活発な消費行動を数多く目にした。それは日本ではあまり見られないものだった。なにせ抱えている買い物袋の数が多い。日本の消費者がかなり以前から消費に及び腰(最近の小売企業の発表でも示された)なのは、結局は自分の所得増に対する自信がないからだ。消費のレベルは、現在の所得というよりは将来への自信に左右される。

日米の完全失業率は23年平均で2.6%。対して米国の失業率は3%台の後半。日本の方が低い。日本の働く人の方が自信を持って良いはずだが、違う。米国の今の失業率は歴史的に見れば非常に低いのだ。筆者が大枠として記憶に残している米失業率は5〜7%だ。今回改めて調べたら、米国の今の失業率は、過去80年ほどで一番低い水準に入る。しかも身の回りに次々に新しい会社が出来る。消費者が強気になるのは自然だ。

サンディエゴでもロスでも、「ここは明らかに人手が足りない」と思えるレストランが多かった。バンク・オブ・アメリカは自社のクレジットカードなどの利用状況に基づく3月の消費動向の分析リポートで、同月の米世帯の税引き後収入の伸びが「2023年の年初以来、最も高い水準だった」と指摘した。雇用環境が良い上に、賃金の上昇が伴う。米国経済の強さの背景だ。

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残る問題は、「景気が強いので金利が下がらない→よって株安」という構図はずっと続いて良いものなのか、という点だ。景気が強いと言うことは、本来は株価が価値を表記する企業にとっては良いことだ。本来は株価に良い方向に働く側面もあるはずだ。

さらにもう一つの問題は、米国は金利をなかなか下げられないにしても、日本はゼロ金利解除後も金融緩和状態を続けると日銀が言っているのだから、米国とはマーケットを取り巻く環境が違うのではないか、という点だ。

前回約束しながら今回取り上げられなかった「多様性の有用性」や「中国との確執」を含めて、次回はこうした点を検証したい。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。