金融そもそも講座

二つの重要要素、傾きと季節

第338回 メインビジュアル

今年も夏が過ぎ秋の季節が近づいているが、「やっぱりこの二つは重要だな」と改めて思ったことがあるので、今回はそのことを書こうと思う。それはマーケットの「傾き」と「特有の季節要因」に関するものだ。この知識があるかどうかで、マーケットに関する理解に差が出てくるし、動くべきところや逆に我慢すべきところが分かるようになると思う。

日々のマーケットの動きを適宜正確に理解しているかどうかは、長期投資を基本としている投資家にも重要だ。「短期的な動きには興味がない」という人はいるだろうが、やはり投資をしている限り日々の相場の動きも気になる。その時に、「こういう理由だな」「だから様子見」「いや、だから動くべきだ」と理解・判断・行動できる方が精神的にも良い。

チャートを見れば分かるが、相場が作り出すのは不規則な波だ。そこには人間の複雑な心理がからむ。心理は人間のもので、マーケットはしばらく見ていると「極めて人間的だ」と思うことがよくある。最近は機械取引も増えたが、そのプログラムはもとはと言えば人間が設計したものだ。基本的にはマーケットは人間が形成している。とても人間くさい。

人間がそうであるように、マーケットも「不安な時期」を迎えたり「安定している時期」を取り戻したりする。しばしば疑心暗鬼にも取りつかれる。その繰り返しだが、その繰り返しには特徴的な一定のサイクルもある。こうした知識もマーケットに向き合うときには役立つ。

夏が来れば……

いつも思うが、夏には特有の相場の動きがある。それは「夏枯れ」という言葉に象徴される。なぜ夏に枯れるのか。それは多くの人が国内や海外の観光地に旅行に行くために、あるいはお盆のために長めの休暇を取るからだ。休暇を取るときぐらい、いつも気持ちの中にあるマーケットから開放されたい、ゆっくりしたい。家族や友人との旅を楽しみたい。それが普通の心理だろう。

だからマーケットは枯れる。つまり1日の取引が他の季節に比べて少なくなるのだ。そして休むに当たっては個人投資家であろうと機関投資家の担当者であろうと、自分の投資ポジションを安心できる中立的なレベルに収斂(しゅうれん)させておこうとする。例えば株価の先行きに極めて楽観的で従来になくキャッシュポジション(運用資産全体に占める現金の割合)を低くして株など有価証券を大規模に買っていた人は、依然として先行きに強気であろうとポジションを中立に近いレベルに戻す動きをする。

具体的にはこのケースでは、株など有価証券を売ってキャッシュポジションを厚めにする。春に上がっていた相場が夏に向けて調整することが多いのはそのためだ。米国では夏の期間は7月半ばから9月頭のレーバーデー辺りまでとされる。結構長いのだ。むろんその間もマーケットは開いて相場は動いているが、参加者も全体的に少なく、相場は閑散なことが多い。だから筆者は夏に向けて相場がそれまでの動きと逆に調整するのは、「あ、毎度のやつかな」と思う。

重要なのは世界中の多くの投資家には、「これが中立レベル」というポジション状態が存在することだ。例えば「有価証券投資60:キャッシュポジション40」と言ったような。これが「有価証券投資80:キャッシュポジション20」とかになると、それはかなり「傾いた状態」と言える。そのような状況で夏を迎えれば、その投資家は普通であれば有価証券投資を落とし、キャッシュポジションを上げる。

難しい“傾き”の判断

その時点その時点でのマーケットの「傾き」は、簡単には把握できない。マーケットは常に動いているし、無数の市場参加者のすべての動きを捕捉は出来ないからだ。買越残とか売越残とかの統計は参考になるが、それですべてが把握できるわけではない。

しかし例えば5営業日連続して株価が上昇したようなときには、「マーケットはちょっと買いに傾いているな」と筆者は思う。もっと言えば3連騰くらいがあると「ちょっと強いな」と思う。つまり傾きを心配し始めるわけだ。逆に4日くらい連続して下げると、「ちょっと売りに傾いているかな」と思う。もうこれは経験則のようなもので、マーケットとの付き合いが長いと自然と身につく。

マーケットが買いに傾いた状態がしばらく続くと、筆者なら「そろそろ調整があっておかしくない」と思う。なぜならマーケットの買い余力は小さくなるし、利食いたいと思う向きも多くなるからだ。例えば中立から離れて買いポジションになった投資家(個人、機関投資家の担当者)は、買い余力回復の為にも、また銘柄乗り換えの為にも「買いの傾き」の解消で売りを検討するだろう。次のマーケットムーブは売りになる可能性が高いからだ。それが重なれば、マーケットの調整は大きくなる。

その時、メディアはいろいろな理由を挙げて報道する。今だと「FRB(米連邦準備理事会)が再利上げする可能性がある」とか様々だ。経済メディアには為替とか株とかそれぞれ担当記者がいて、動いたときにはその理由を記事に書き込む必要がある。「(動いたのは)ポジション調整」とだけで報じるのは無理だ。なので、その時のニュースとひも付けて伝えることが多い。しかしマーケットの動きの主因が、市場外部要因よりも「市場内部要因」であることは多い。

「今のマーケットが何を大きな要因として動いているのか」を冷静に判断できるかどうかは、非常に重要だ。対処の仕方が違ってくる。その意味で、「マーケットの傾き」に対する感度を高める必要がある。マーケットはよく出来ていて、あまり傾くと必ずその反対の動きをその後に示す。必ずと言って良い。人々はそれを「調整」と呼ぶ。「傾きとその調整」の繰り返しが日々のマーケットと言える。

しかし重要なことがある。それは世界各国の経済は程度の差こそあれ成長を続けている点だ。そこで活躍する企業の収益も増減はあるが、全体的には増えている。なので、かなり長期的に見ると株価は全体的には「上げ基調」であると判断できる。だから「傾きと調整」を繰り返しながらも、マーケットは長い目で見ると上がる。問題はどこで参加し、どこで退出するかの問題だ。

独特の季節要因

しかし投資家はいつかの時点で誰もが売り買いを余儀なくされる。株を買い、それをじっと持っているだけの投資家はまれだ。機関投資家に「期間損益」という重要な指標があり、顧客に「この期間はこれだけもうけました」と報告書を送らねばならない。個人投資家も家を買ったり車を買ったり、子供の進学で有価証券を売却する必要も出てくる。相続もあるし、突然の出費もある。「いつ買って、いつ売るのか」(その逆も真だが)は常にマーケットに関わる人間の最大関心事だ。

米国の有名な相場格言に「Sell in May and go away(株は5月に売れ)」というのがある。必ずしも毎年当たるわけではないが、多くの年で「5月に売ったら成功した」という例が多いとされるので、こう言われる。機関投資家の決算などもからみ、また夏に向かう時期ということもあるのだろう。もしこれを信じるなら、他の月に売るよりも5月に株を売った方が良いという経験則になる。

ではいつ買うべきか。それは明らかで、大きく下がったときに買うことだ。特に大きな相場ショックは過去8月と9月に生じている。1992年9月の欧州通貨危機、2001年9月の同時多発テロなど。その他パリバ・ショック(2007年8月)、リーマン・ショック(2008年9月)、チャイナ・ショック(2015年8月)もあった。まれなチャンスだが、こういう時に思い切って買えるかどうかが大きなポイントだ。

なかなか勇気がいる。なにせ「もう株はダメだ」という総悲観の中で買うのだから。しかしニューヨークの有名な相場格言に「強気相場は悲観の中で生まれ、懐疑の中で育ち、楽観の中で成熟し、陶酔の中で消えていく」というものがある。経済と企業の活動は続くのだから、「株はもうダメだ」と皆が思ったときほど買いのチャンスだということになる。

筆者はよく講演で、「相場はへそ曲がりが勝つ」と紹介してきた。日本の証券格言には「人の行く裏に道あり花の山」というのもある。株式市場で成功を収めるためには、他人とは逆の行動をとらなくてはならないし、そうでなければ大きな利益が生まれないという意味で、頭に刻み込んでおきたい。

マーケットの「傾き」にいつも気を配り、夏や年末・年始にある「季節要因」を考慮に入れながら売り買いのタイミングを決めてマーケットと取り組んでほしい。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。