金融そもそも講座

台頭してきたリスク要因

第337回 メインビジュアル

前回に「同格付け会社の今後の動きについては以降の原稿に委ねる」と書いたこともあって、今回のコラムは一連の格下げの動きや、その他出てきたマーケットにとってのリスク要因(株価を押し下げる要因)について書こうと思う。

格下げの動きは米国国債に関するフィッチ・レーティングのそればかりでなく、米国では民間銀行に対しても広がっている。「“そもそも”的に格下げとは」は本文に書くが、投資を行っている側にとっては気がかりだ。中国を含めて、今の世界を見ると、不動産に関わる融資に関して全体的に不安感が高まっている。それが金融機関に対する不安の背景だ。

その投資対象の格下げ以上に世界経済にとって大きな問題になりかねないのが、中国経済の悪化とデフレ懸念だ。成長率の鈍化、物価の下落傾向もあって一部ではデフレ懸念まで登場した。政策不況の色合いも濃いが、加えて人口が減少期に入ったという構造的な側面もある。

米国の金融政策の先行きに対する不安もマーケットには多いようだ。大きな図式としては筆者がこれまで述べてきたように引き締めは最終局面に差し掛かっている。しかし既に頂点に達したのか、それとももう一回程度利上げがあるのかについては、FOMC(米連邦公開市場委員会)の議事録を注意深く読み解く作業が続いている。日々のニュースが、取引の重要な手がかりとなるマーケットにとっては大きな材料だからだ。

格付けとは

「格下げ」とは格付け会社(ムーディーズ・インベスターズ・サービススタンダード・アンド・プアーズ、フィッチ・レーティングスなど)が行う投資対象に対する評価である。各国国債、企業が発行する社債などが対象で、それは投資家が投資の参考にするために存在する。というのは、必ずしも全銘柄を常にフォローしているわけではない世界中の投資家(機関、個人など)にとって、「(格付け会社の)専門家の評価」は参考になるからだ。その評価を売っているのが「格付け会社」ということになる。

日本では以前は「格付け機関」と言った。しかし格付けしているのはあくまで民間会社であり、格付けの対象となっている民間企業などとは複雑な利害関係もある。中立的な「機関」という呼称から、利益を求めている“会社”ですよということで、今は「格付け会社」が一般的な呼称になった。

何をしているかというと、その会社ごとに独自のノウハウで集めた情報を用いて、我々投資家が投資対象とする債券(国債、社債など)を選別する際に必要、かつ有用な情報を提供することだ。専門的には「情報の非対称性の解消」とも呼ばれるが、要するに個々の投資家では集められないような投資対象に関する情報を分かりやすく提供し、マーケットの情報格差を埋めることにある。それをもとに、投資家は改めて投資対象の情報を収集・分析し、投資に関わる決断を下す。格付け会社が存在することで、投資家の情報収集コストは軽減される。全部自分で調べなくて良いからだ。

しかし実際には格付け会社の地位が上がったことにより、これら会社の出す情報を投資の参考にすると言うよりは、格付けそのものを投資判断の基準としている投資家も多い。例えば「各格付け会社の最高位の格付けの債券しか買わない」とかいう方針を持つところも多い。その格付けのリーゾニング(理由付け)よりは、その最終結果(格付け)そのものを判断材料としているのだ。

そういう意味合いを持つ格付け会社の「格付けの変更」は、対象債券の価格を直接的に動かす。格下げとなれば、通常は対象債券の「値下がり」が起きる。今回のフィッチによる米国国債の最高位からの1段階引き下げは、米国国債価格を押し下げ、利回りを押し上げた。繰り返すが、問題はその理由いかんに関わらず機関投資家の一部が「社内規則」もあって、機械的に格下げされた債券(この場合は米国債券)を売るという事態がしばしば生じることだ。

機関投資家がどの国、会社のどのレベルの格付けを投資適格としているかは、多くの場合明らかにされない。しかしそうしたことが重なると、「格付けの下げ=債券売り」の条件反射がマーケットに組み込まれることになる。今回もそれが起きて、米国の債券利回りは当該債券を対象に上昇した。

どの程度信用すべきか

考慮に入れておかねばならないのは、フィッチはむしろ格付け会社としては有名度では落ちる存在だという点と、他の2つの大手格付け会社、ムーディーズ、スタンド・アンド・プアーズ(S&P)は、当該米国国債の格付けを最高位から動かしていないという点だ。フィッチは、外貨建て米国長期債の格下げ(最高位から1段階下げ)について

  • 1.今後3年間に予想される財政の悪化
  • 2.高水準で増加する一般政府債務の負担
  • 3.債務上限問題の度重なる膠着と土壇場での解決が示すガバナンスの低下

を挙げているが、他の大手2社はこの見方に賛同してない(原稿執筆時点)。当然米国財務省はこのフィッチの見方に強く反発した。正直なところ、筆者はこのニュースを最初に聞いたときに「売名行為?」との思いが頭をかすめた。格付け会社の間でも競争があり、「より影響力の強いのはどちらか」を競う。動いた方が、動かないより目立つ。

フィッチが挙げた3つの理由は、それぞれが根拠のないものではない。しかし格付けを動かすほどかどうかは議論が分かれる。今後の競合他社の動きに注目したい。一方同社アナリストは最近、米銀行業界の経営環境に関する格付けが現在の「AAマイナス」から「Aプラス」に引き下げられれば、JPモルガン・チェースを含む70超の米銀行の格付けの見直しを余儀なくされるとも警告した。これは米経済テレビCNBCに語ったもの。

フィッチは6月に、米銀行業界の経営環境に関する格付けを「AA」から「AAマイナス」に引き下げ、米信用格付けに対する圧力や将来の利上げの道筋に関する不確実性を指摘していた。米銀に対する格下げについてはムーディーズも8月に入って米国の銀行10行の信用格付けを1段階引き下げ、一部の主要行を引き下げ方向で見直しの対象としている。こうした一連の格下げ騒動が米国のマーケットを揺らしていることは確かだ。

中国のデフレリスク

最後に急激に顕在化しつつある中国リスクについて触れておく。一番重大化しているのは、経済全体のデフレ懸念だ。新型コロナウイルス禍以降も、中国は成長において深刻な問題に直面している。同国の今年4〜6月の経済成長率は6.3%。強い数字に見えるし、政府の今年の経済成長目標が5%前後なので十分なように見える。しかしこれはちょうど1年前に上海が2カ月超もロックダウンされていた反動にすぎない。前1〜3月期に比べると4〜6月期は0.8%の成長にとどまる。

何よりも内需が弱い。コロナ明けでも中国の人々は慎重だ。あまりお金を使わない。一つには身の回りで失業、特に若者のそれが増えていて、消費意欲をそいでいる。政府が正式統計として発表している中国の16歳から24歳の若者失業率は21.3%に達する。実に5人に1人の若者が失業しているのだ。あまりにも若者の失業が多いせいか、中国はこの数字の発表を当面控えると発表した。若者の失業率は、実質的には5割程度に達するとの見方もある。

何故か。それは西側諸国との貿易制限や新型コロナの影響で業績が厳しくなったことで、業績が悪化した多くの企業が採用数を絞っていることによる。また中国は日本などと比べてはるかに「メンツ重視」の社会だ。「高学歴=高収入」のイメージを社会全体が持っているために、多くの大卒生はホワイトカラーを希望し、人材不足に悩む工場の現場などへの就職を避けがち。希望する企業への就職に失敗すると、親に依存(パラサイト)したりして就職浪人の道を選ぶ。

中国にとっては不動産市場の冷え込みも深刻だ。国民の不満が高まったため、政府は住宅価格の高騰を抑えるために不動産企業への融資や住宅ローン規制に踏み切った。しかしその結果、恒大グループが経営危機になるなど不動産セクターの企業でデフォルトに陥る企業が相次いだ。今は中国大手デベロッパー・碧桂園(カントリー・ガーデン・ホールディングス)にデフォルト懸念がある。

深刻なのは物価下落危機だ。中国国家統計局が今月9日に発表した今年7月の消費者物価指数は、前の年の同じ月に比べて0.3%下落した。これは実に2年5カ月ぶりのマイナス。日本を含めて世界中の国が高い物価上昇率に悩んでいるときに、ある意味異常でもある。コロナ期に世界で例を見ない厳格なコロナ政策を実施し、その結果経済活動を冷え込ませた影響が出ている。

今中国では「人口減少」が進行中。加えて14億の人口のうち65歳以上の高齢者は2億人以上と言われる。彼らの生活をどう維持するかなど大きな問題も浮上。当然ながら、中国のこうした低迷した経済状況は、世界経済への影響も大きい。リーマン・ショック後の世界経済回復の過程で、中国が果たした役割は大きい。今回も中国の景気低迷とデフレは、静かに世界経済への波紋として伝わるだろう。

しかし朗報もある。インドの台頭だ。インドは世界最大の人口国として中国にとって代わった。消費国としても伸びているし、日本企業もそうだが、アップルなど世界の企業も生産基地としてのインドに着目している。インドの存在感の高まりは、今の世界にとっては一つの大きなスタビライザーだと言える。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。