金融そもそも講座

アメリカの引き締め、着地は近い?

第333回 メインビジュアル

世界の資金の動きに大きな影響を与える米国の金融政策。最近の動きとしては、6月13〜14日にFOMC(米連邦公開市場委員会)があり、その7日後にはFRB(米連邦準備理事会)のパウエル議長が半年に一度の議会証言を行った。

全体的に見ると、米国の金融政策は大きな曲がり角に接近しつつある。それは、「1回につき0.75%の利上げを4回連続」といった足早な利上げ局面を脱したこと。6月のFOMCでは「FF金利の引き上げなし→政策金利据え置き」を決めた。問題は今後だが、それについての考え方は本文で触れたい。

今回は、欧州と日本が米国とはかなり違った金融政策の運営を行っていることにも触れる。その金融政策の方向性の違いがドル、円、ユーロなどの世界の主要通貨を動かしているし、今後もその傾向は続くと予想できる。日々の変動はもちろんある。しかし世界各国中銀の方向性の差から、為替市場での大きな圧力として存在するのは「円安トレンド」だ。

ウクライナの東部、南部での戦闘は続いている。ゼレンスキー大統領自身が「反転攻勢は、望んだより遅い」と認めている通り膠着感が強い。同じような膠着感は、ブリンケン国務長官の訪中によっても大きくは改善しなかった米中関係でも言える。世界でも最も注目されるこの2つの関係が「膠着」している間は、逆にマーケットの動向は、より各国の経済政策や金融政策に左右されると予想できる。

まだ高い米インフレ

6月のFOMCでの利上げ見送り、政策金利の5.00〜5.25%での据え置きはある意味予想通りだった。筆者は早くからそう予想していたし、マーケットもFOMCの接近とともに「据え置き予想」が強まっていた。それは第一に、一時の高水準からはさすがにインフレ率そのものが落ちてきたこと。逆に利上げ継続の不都合な側面として、中小銀行が抱えるストレスを増しかねないことが明確だからだ。低迷する不動産業への融資を主な業務としている銀行(特に中小)が、米国には多い。

そもそも金融政策は「じわり効果」の政策だ。財政政策はすぐ政府からお金が出るので即効性が高い。対して金融政策はいろいろな経路(企業融資、住宅ローン、不動産融資など)を通過し、時間をかけて経済活動に影響を与える。その結果、効果が遅行する。「0.75%の利上げを連続4回」といったやや性急な利上げが、実際にどの程度米国経済に減速効果をもたらしたかは、まだ判明しない面がある。

問題は今後だ。もう打ち止めなのか、それとも利上げをいつかの時点で再開するのか。現時点での米金融政策当局者の見立ては、「年内に利上げを再開。それも0.25%の利上げを2回分」というもの。それはFOMC声明では語られずに、声明と同時に公開されるProjection Materials(予測資料)の中のFOMC participants’ assessments of appropriate monetary policy: Midpoint of target range or target level for the federal funds rate(PDF版 通称ドットチャート)に示された。

これはFOMCを構成するメンバー18人が、政策金利(FF金利)の当該年度におけるターゲットをどこに置いているかという図表。6月FOMC分を見ると、なんと18人中9人が5.5%〜5.75%のレンジに入っている。その上も下もいるが、全員の平均を取ると5.6%前後になった。6月のFOMC以前では、ターミナルレート(最高到達レート)は5.1%とされていた。つまり18人のメンバーは「あと0.25%の利上げが2回」を総意としていることになる。

しかしピークは見えた?

パウエルFRB議長は議会証言で、「米国のインフレ率は低下の兆しをあちこちで見せてはいるが、まだ依然として高い。目標である2%を大きく上回っている」と述べた。米国のインフレ率は2桁近い高いレベルからは相当低下してきた。石油などのエネルギー価格がピークからかなり落ちてきたためだ。しかし様々な指標を見ても、総じてまだ4.5%を上回っている。確かに高い。議長の言う通りだ。

なぜ高いままか。それは労働市場が依然として全体的にはタイトなままだからだ。労働市場参加率などいくつかの指標で緩和の兆しは見せている。しかし人手不足は続き、労働賃金の伸びもまだ大きい。「今回のインフレは根深い」というのが以前からのパウエル議長の主張だ。

今回のFOMCの「据え置き決定」は全員一致。反対者なしだ。最近のFOMCは討議の段階で異論が出ても、「決定は全員一致」が多い。金融当局者の総意としてパウエル議長に賛意を示した形だ。FOMC内部でパウエル議長の影響力が強まっている証拠とも言える。

しかしマーケットの一部には、「物価の安定が使命のFRBが、先行きに油断を見せないのは自然」「あと2回は利上げとマーケットには警告しておいて、実際にはしないのではないか。もしくは1回にとどめるのではないか」との見方もある。

筆者もその可能性があると見る。しかし「それは今後のインフレや労働市場環境に関する指標次第」というのが当たっている。多分FOMCは少なくともメンツもあってあと1回は年内利上げをするかもしれない。

続く円安圧力

マーケットには「まだ利上げがあるのか」と警戒する声がある。一方で、「あってもあと2回、0.5%。ということは米国の利上げ局面は全体的に見れば終了段階で、その後の利下げの局面も展望できる」との見方もできる。物事には両面がある。どちらを重視してみるかだ。筆者はどちらかと言えば、後者の見方だ。マーケットは常に先を見る。これだけ利上げしてきても、まだ米国がリセッション(景気後退)になりそうもないのも良い兆候だ。

利上げサイクルの終わりが見えてきた米国に対し、欧州はまだ利上げ作業の最中だ。なにせインフレ率が米国より高い。利上げ着手が遅れたし、米国の利上げより歩調が遅い。ECは国家の連合体だから、弱い国と強い国が混在する。どうしても弱い国に配慮して利上げ着手とペースが遅くなる。

今のECB(欧州中央銀行)の政策金利(リファンス金利)は4.00%。6月15日の理事会で0.25%の引き上げをしての設定となった。その後の記者会見でビルロワイドガロー仏中銀総裁(政策委員会メンバー)は、「利上げの大半は完了した」と述べている。しかしECBの方がFRBより利上げ継続確率は高いとの見方が大勢だ。政策金利のレベルが低いこと、欧州のインフレ率がエネルギー依存度の高さからしても高い状態が続くと見られることだ。

対して日本は「音無しの構え」というのが当たっている。過去のゼロ金利政策の検証作業に着手しているものの、その結論が出るのは相当先。検証中でも必要があれば現在の超低金利・YCC政策を変えると述べているが、植田総裁が毎記者会見で語るのは「粘り強く金融緩和を続け、日本経済を下支えする」というもの。ユーロは対円では原稿執筆時点で155円を上回っている。相当な円安だが、金利環境から見れば円安圧力はまだ続くと見ることが可能だ。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。