金融そもそも講座

日本株、地政学からの見方

第332回 メインビジュアル

相変わらず日本株が話題だ。ここに来てやや高値警戒感もあって反落局面も見せているが、世界の各地市場の中で上昇傾向を持ちながら非常に動きが大きく、投資家の興味をそそる市場になっていることに変わりはない。

そこで今回は「そもそも」的に、日本の市場を取り巻く地政学的なスタンディングを再確認しておきたい。「地政学」というとやや堅い印象だが、「世界における日本の地理的・政治的立ち位置」という意味だ。

なぜ日本に今投資したい人が増えているのか。そこには、今日本の街・地方に大量に押し寄せているインバウンドの人達の肌感覚と共通するものがある。端的に言えば、「日本は比較的安全で、観光地に行く(日本企業の株価を買う)のも今は円安で割安」という感覚だ。

世界でお金を動かしている人達は様々だ。我々のように働くことから得られた資金を「出来たら増やしたい」という人の数が圧倒的だ。それに専門的に関与して投資家の方々からの手数料を得て生業としている業種も多い。投資顧問、各種証券関連業などなど。

しかし投資の世界には「増やす」の前に、先ず優先しなければならないことがある。それは資産・資金の安全だ。お金がなくならない、消失しない、さらには大きく減らないこと。旅行もそうで、興味だけでは行けない場所もある。

第一は“安全”

長年マーケットに携わっていると、世界には我々とは違った感覚でお金を動かしている人達がいることが分かる。実に大きな資金(何十億、何百億円の単位)を既に持っていて、「増やすにこしたことはないが、それよりもとにかく持っている資産を減らしたくない」「子孫にこのお金を残したい」という大資産家達だ。

彼らの行動パターンは普通の投資家と一味違う。しかし動かせる資金が大きいが故に、いつも一大勢力で、マーケットでは先行勢力だ。では彼らが嫌う「資産減少」は何で起きるのか。「投資先での政変」「投資に関する法律の大きな変更」が代表だ。

革命や政治体制の大転換が一番大きなリスクだ。「そのお金はあなたのものではないよ。政府・政党のもの」と言われてしまう。我々日本人はそんな世界をあまり経験していない。しかし例えば第2次世界大戦前のユダヤの人々などは、欧州の一部の国の政策によって簡単に全財産を没収された。

世界の大きな動乱・混乱を経験している彼らにとっては、「お金のセキュリティー」が「増やす」ことよりもはるかに重要だし、そのリスクに敏感だ。我々だって銀行やその他預かり機関に置いてある資金が知らずに他人名義になっていたり、他人に送金されてなくなっていたら大ショックで、お先真っ暗になる。

資金が世界的に一番激しく動くのは「マネーの安全性」そのものが脅かされる時だ。政治的動乱、混乱、体制変化(革命を含む)など。直近ではやはりロシアのウクライナ侵攻が世界のマネーの動きを大きく変えた。ロシアから大きな資金が流出した。

次に大きな資金変動要因は、お金に課される税のレベルの変更だ。税制変更は、投資にとって非常に重要だ。なぜならそれは、お金を持っている人、お金を動かす人から一定の資金を国の管理下に移すことを意味するからだ。ある国での税制変更は、時に世界的な資金移動を引き起こしてきた。

よく「投資家はリスクを好む」と言われるが、それは「大きく増える可能性がある」ことに関するリスクだ。投資家は政変や税率変更で自分の資金が減少する、場合によっては消失するリスクは決して犯さない。

少ない投資可能市場

話を現実に引き直す。実は今の世界では、「自分のお金を比較的安全に置いておける場所(国)」は少なくなっている。冷戦が終わったとされるのは、1989年のブッシュ大統領とゴルバチョフ書記長によるマルタ会談。それ以降、市場経済の波が世界を覆った。中国は鄧小平路線で経済の資本主義化を進めたし、ロシアも市場経済にかなり組み込まれた。

しかし今はその逆だ。中国とロシアは権威主義国家・一人独裁の色彩を強めている。国家独裁・一党独裁なので、企業も資金の動きも実に窮屈になった。重要なのは、西側のお金がこの二つの国に移動しがたい現象が生じていること。中国などは、90年代から最近まで「世界の企業にとって大きな投資チャンスのある国」と見られていた。

しかし今は、中国、ロシアとも「投資適格国」としての資格を疑われる状況だ。仮に中国が台湾に武力行使する事態が起きたら、お金の動きは米中間、西側と中国との間でしばらく止まる。対ウクライナでもロシアは何をするか分からない。権威主義の国は、何事も恣意的に事が進む。

グローバル・サウスと言われる国はどうだろうか。インド(世界最大の民主主義・市場経済)など面白い国は多い。しかし同国など一部は別にして、お金の安全を担保する法制度・法執行制度が確立してない国も多い。

世界を眺めると「大きな資金を入れられる国は限られている」と分かる。それが重要なポイントだ。米国、日本、EUに加盟しているような欧州諸国。なぜ投資の際に大きな市場が必要か。それはコップの中の鯨を想像してもらえれば良い。抜けたら水位が下がってしまう。売りも買いも、大規模になっても静かにできないといけない。

バフェット効果

繰り返すが、国が個人や資金についてその存在と移動の自由を十分に認め、十分に大きなマーケットを持ち、国内経済(企業)も世界に通用するという存在は、実は世界でも非常に限られている。それが現実だ。世界の中で日本はその一角に確実に入る。

最初に「日本の街・地方に大量に押し寄せているインバウンドの人達の肌感覚とも共通するものがある」と書いた。投資家も日本に同じような肌感覚を持っている。日本は投資をする人にとっても「安全極まりない国」「かつ今は割安」なのだ。

バフェットが台湾のIT企業への投資を早々に切り上げて日本の商社5社の株を買ったのは、基本的には地政学的見地による。台湾に関して中国は、「不可分な領土」と主張している。中国は日本に対しては一度もそう言ったことはない。日本には米国との安全保障に関する条約もある。

重要なのは、世界の投資家が日本市場を忘れていたが、最近思い出したということだ。なぜ忘れていたのか。それは米国などの国に素晴らしいIT関連の企業が生まれ続けていたからだし、バフェット氏が好むような企業(消費者の普遍的ニーズを満たす)も多かった。

それらの企業は依然として魅力的だが、やはり10年以上にわたって買い続けた結果、割高になった。そこに来て、バフェットが「日本株は割安」「やや地味だが、日本企業にも良い企業や投資先がある」と世界に宣伝してくれた。筆者は今の世界的な日本株ブームの一端は「バフェット効果」だと考えている。加えてのNVIDIA祭り。後者は生成AI関連だ。

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今の日本の株高は円安とパッケージで進んでいるのが特徴だ。「海外の資金が入って日本株高」というと、普通は「円高」を想起する。しかし今はそうではない。あまりにも世界の金融政策と日本の政策が乖離(かいり)しているため、ドルやユーロを必要とする人達が早め早めに外貨を調達している。カナダは利上げを再開した。それは今後の米国かもしれない。ということは円安継続の可能性もある。

そうした相対的・総体的な環境を考えると、ウクライナ問題を抱える欧州の株、長く上がった米株より日本の株の方が魅力的に見える期間はしばらく続くかもしれない。以前書いたように、その間に日本企業が刷新・改革できればなおさらだ。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。