金融そもそも講座

崩壊の危機に立つ韓国

第174回

隣国である韓国が俄(にわか)に危機の様相を深めている。政治、経済、そして外交のそれぞれで大きな問題に直面しているからで、韓国の大新聞の中には「崩壊の危機」と表現するところも出てきている。崩壊が何を意味するかは曖昧だが、韓国という国が戦後最も困難な状況の一つに置かれていることは間違いない。

韓国について特集した最終回で指摘した通り、筆者の立場は「韓国、頑張れ!」というもので、その回では「経済民主化・立ち位置の明確化・“脱”日本」の三点に絞った提言もした。しかし事態は予断を許さぬ形で急展開している。特集を終えてからあまり時間がたっていないが、今回は隣の国で起きていることでもあり日本にも影響するので、それを整理し今後を展望してみたい。

5%という数字

韓国が直面している危機を最も端的に示す数字は「5」だ。それは11月初めに韓国で発表された朴槿恵(パク・クネ)大統領への国民の支持率(5%)。当然ながらこんな低い支持率は先進国に住む我々は見たこともないし、韓国でも調査会社のギャラップが1988年に調査を開始して以来最低だという。朴大統領の支持率は就任からしばらくして60%にも上っていたことを考えれば、今の支持率の急低下は大統領が急速にリーダーシップを失いつつある事を示している。

5%という数字よりもっと重要なのは、世代別の朴大統領に対する支持率だ。韓国の有力紙である朝鮮日報によると「20代の支持率は1%、30代も1%、40代が3%、50代が3%、60代以上が13%」。60代の支持率が他の世代と比べて高いのが目に付くが、これは恐らく朴大統領の父親である故朴正煕(パク・チョンヒ)元大統領の頃の高度成長時代を懐かしみ、同大統領に対する郷愁を持つ人々が「あの大統領の娘なら」と支持しているケースが多いためと思われる。ということは60代の13%でかさ上げされているが、朴大統領その人に対する国民の支持率は、実は2~3%にとどまっているといえる。

何が支持率の急低下をもたらしたのか。それは韓国初の女性大統領に対する韓国国民の希望・期待が失望に変わったからだ。清廉だと思ったら全く違ったし、自分の頭で政治をするのだろうと思っていたら、実は操り人形だったという失望もある。

問題は二つだ。朴大統領の40年来の友人である崔順実(チェ・スンシル、朴大統領が恵まれなかった時代に同氏の面倒を見たという男性の娘)という人物に、大統領府の文書・書類(大統領の演説草稿・人事案)が渡り、韓国の政治の中で何の資格も地位も無い人が国政に介入していたのではないか、という疑惑。公文書の流出などの法律違反が疑われている。

もう一つは、大統領府も設立に便宜を図ったといわれる二つの崔女史設立の財団(ミル財団とKスポーツ財団――大統領府から韓国の大企業に寄付金の拠出圧力があったとされる)を経由した、崔氏の資金流用疑惑。二つの財団の資金規模は73億円相当に上るとされる。この問題では、朴大統領自身が規模の拡大などで影響力を行使したともいわれる。

どちらの問題も、崔氏と朴大統領の長年の家族ぐるみの関係故の案件であり、朴大統領が崔氏のわがまま、専横を許していたという意味で、大統領・大統領府の罪は重い。

任期途中の辞職も

重要なのは崔氏が既に逮捕されたのに加えて、朴大統領を長年支えてきた有力な高官三人が事件の責任を取らされて政権を去り、さらにそのうちの二人には逮捕状まで出ていること。三人は警察の事情聴取に応じ、朴大統領に不利になると思われる証言を行っているとされる。

追い詰められた朴大統領は、先月末に続いて11月4日に二回目の国民向けの談話を発表し、その中で「大統領としての私も検察の捜査を受け入れる。捜査で過ちが明らかになれば全ての責任を取る覚悟ができている」と述べた。これは重要な国民に対する約束だ。捜査の焦点が大統領に迫る中で、検察の捜査を受け入れると言っている大統領を、検察が捜査しないわけにはいかない。大統領が検察の捜査の対象となるのは、韓国の歴史で初めてだ。

そのことは朴大統領が犯罪と背中合わせまたは同体になり、言い逃れ不可の状態になることを意味する。韓国の大統領職に就く人物が検察の捜査の対象になるのは初めて。筆者は、結局朴大統領は任期満了を待たずに辞めることになるだろうと推測している。そしてその辞任時期は、多分半年以内だと思う。かつての秘書官達は、大統領が秘密文書漏洩や崔氏の関わる二つの財団の設立・資金集めにおける朴大統領の役割が大きかったことを証言し、既に国民の目に朴大統領の罪が明らかになっているためだ。同情論はない。

むろん仮の話だが、朴大統領が任期途中で辞任した、辞任させられたら次の韓国の大統領は誰になるのか。それが重要だ。朴大統領の早期退陣の場合は、韓国国民の間に比較的人気のある潘基文(バン・キムン)国連事務総長が次の大統領とはならない。なぜなら彼は事務総長としての任期が今年末まで残っている。かつ確か総長を辞めて1年間は公職に就けない不文律だったと思う。とすると朴大統領が早期に辞めると、彼が次期韓国大統領になるのは難しい。彼の支持率も下がり気味だ。

残る人物で今下馬評に上っているのは、二人の元代表だ。一人は文在寅(ムン・ジェイン)最大野党「共に民主党」前代表、もう一人は安哲秀(アン・チョルス)野党第2党「国民の党」前共同代表。このうち後者は、次の大統領選挙には出るとの姿勢を示している。前者については今までもいろいろ問題が指摘されている。むろん突然彗星(すいせい)のごとく出現する人物がいるかも知れない。しかし確実なことは、韓国は朴大統領が辞任しても、残ると意地を張っても(韓国の大統領は内乱罪以外では起訴されない)、混乱は続くということだ。

中国との関係も悪化

実は韓国にとって頭が痛いのは、危機に立つのが政治だけではないという点だ。韓国経済最大の柱ともいえる大企業、サムスンに新たな問題が持ち上がっている。それは米国で販売した洗濯機280万台のリコール問題。

これは同社が4日に発表した、米国で販売した一部の洗濯機に不具合が見つかったというもの。使用中の異常な振動の発生と、上部のフタが外れる恐れがあるという。米消費者製品安全委員会によると、いずれも洗濯物を上から入れる縦型タイプで、2011年3月以降に製造された計34モデルという。これまでに730件を超える異常の報告が寄せられ、肩やあごを負傷した人も出ているという。

サムスンは受難続きだ。最新型スマートフォン「ギャラクシーノート7」では設計ミスも疑われる中で、バッテリーが発火する事故が米国など世界各地で続き、韓国を含む世界全体で生産・販売の中止に追い込まれた。相次ぐ不具合の発覚によりサムスンのブランドイメージの悪化が懸念される、厳しい状態に置かれている韓国の大企業(財閥企業)は同社にとどまらない。ロッテには捜査が入っているし、造船、海運などの大企業も経営悪化に苦しんでいる。

いっとき朴大統領が「韓国の未来は西にある」とばかりに接近した中国との関係も、著しく悪化している。韓国の国民安全庁によると、今月1日に同国西方の黄海で中国漁船の違法操業を取り締まっていた韓国当局は、取り締まりに抵抗した中国漁船に向けて射撃した。黄海では今年10月、中国漁船が韓国の取締船に体当たりして沈没させる事件が発生、このため韓国は銃器使用も辞さないと表明していた。これに対して中国政府は、現場は漁業活動が認められた海域で韓国の取り締まりは法的根拠がないと反発。

蜜月が伝えられた中韓関係の急速な悪化は、韓国が決めた地上配備型ミサイル迎撃システム(THAAD)の配備がきっかけ。このシステムにより中国東北部の軍事機密がかなりの程度可視化されてしまうためだ。習近平国家主席は「この問題(THAAD)の処理を間違えば地域の戦略的安定の助けにならず、紛争を激化させる可能性がある」と憂慮を表明している。それに加えての中国漁船の違法操業と韓国当局の対応の硬化だ。

つまり今の韓国は「四方八方行き詰まり」の状態だ。対中国だけでなく外交的にも「2週間後に迫っているアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議には誰が行くのか」という具体的な問題が生じている。検察の捜査が今月にもあるかもしれないとされる中で、朴大統領が長い時間をかけて南米訪問を行うのは無理だ。次の首相を巡っても政界はごたごたしている。

私が韓国頑張れ!といつも言うのは、北にミサイル発射や核実験を行う北朝鮮があり、西には政治体制が基本的に違い日本の領土である尖閣への野心を取り下げない中国があるからで、韓国の健全性維持は日本、日本のマーケットにとっても重要だと思うからだ。今の韓国は、私に言わせれば、揺れすぎている。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。