1. 金融そもそも講座

第40回「動き出した“新G7”」

このコーナーの読者は、震災に見舞われた日本、そして世界はどうなってしまうのだろう、と考えているかもしれない。中東もそうだが、先進国も不安感でいっぱいだ。欧州はいくつかの国で国家財政の債務危機が生じている。米国も格付け機関から「国債格付引き下げ」の警告を受けた。一方、途上国では経済の成長率は高いが、インフレや社会不安などを抱えている。今の世界は誰が見ても“司令塔”が必要なのだ。バラバラでは危ない。にもかかわらずこれまでその役割を一定程度担っていた米国やG7は力を失い、G20では国の数が多くて何も決まらない。これでは、世界は本当の危機が起きたときに対処法を見つけられずに、右往左往してしまうのではないか?

失われた司令塔

戦後の世界ではしばらく米国が司令塔の役割を果たしてきた。第二次世界大戦で日本や欧州が戦場となり大きな破壊を受けて疲弊したのに対して、米国はハワイのごく一部を除いて国全体が戦場となることを免れ、一方で各種の特需もあって経済規模を拡大。戦後のある時期では世界のGDP(国内総生産)合計の半分を占めるまでに至った。その後の冷戦時代には、二つの超大国として「ソ連と肩を並べる存在」と言われたが、実際の経済力ははるかに米国が上だった。その証拠に、ロシアは1989年のベルリンの壁崩壊をきっかけに分裂、それ以降、米国は世界で“唯一の超大国”の地位を占めてきた。

実際のところ米国は、世界の経済における地位で卓越していた。米ドルが世界の基軸通貨になった。基軸通貨とは、世界の貿易・投資などあらゆる場面で米ドルが使われるということである。日本と中国が取引するときにも、戦後のかなりの時期を通じて米ドルが使われた。

経済政策面での発言権も強かった。筆者はしばらくの間、外国為替の仕事をしてきたが、何よりも為替市場が気にしたのは、「米国政府の意図」である。つまり米国が「ドルを上げたがっているのか、下げたがっているのか」を読むのが市場アナリストの重要な仕事だった。なぜなら市場を動かす「貿易の流れ」「投資の流れ」「市場心理」など、いくつかの市場要因の中で、政府の意図はすべてに関わる重要ファクターだったからだ。

実は、米ドルは戦後の一時期を除いて、対外収支の悪化、ベトナム戦争での疲弊などを通じて、基軸通貨にふさわしい安定性を維持するのに苦労する時期が長かった。1971年8月15日のニクソン・ショック(ドルと金との交換停止など)はその象徴だが、その後も米国は何度か貿易収支の改善目的で変動相場制下(1973年春から)でも自国の通貨を意図的に下げようとした時期があったし、その逆にウォール街の利益を重視して自国への資本流入を計るためにドル価値の高め維持を図ったこともある。米国に代わる超大国がなかったから、ドルは価値を下げながらも基軸通貨であり、その意志は市場を左右した。

G7も力を失う

しかし米国も一人では世界経済を動かせない。力の低下の中で頼ったのが、経済体制を同じくする先進国のバックアップで、それがG7だ。その流れの中で、形としては世界経済の司令塔はG7の役割となった。「G」はよく間違えられるように「Great」のそれではなく「Group」であり、本来は「Group of 7」の略である。「7」は国の数を表し、米国、日本、ドイツ、フランス、英国、イタリア、カナダを指す。実はこの7カ国が決まるまでも曲折があった。経済規模からいえば、なぜイタリアやカナダが入っているのか分からない人も多いと思うが、そもそも「サミット参加国」を基準にしてできた組織であった。フランスが隣国イタリアに、米国もカナダに気を遣う中で、1986年にそれまでのG5から2カ国増えてG7となった。それがさらにロシアを含めてG8にまで拡大された。しかし一貫してロシアの存在感は薄かった。

もともとは、世界で経済的に力のある国が集まって、米国単独では決められなくなった世界経済の問題を秘密裏に話し合う場としてできた。そのG7が注目を集めたのは、1985年9月にドル安誘導を図ったニューヨークの老舗ホテルでのプラザ合意や、その後1987年2月にドル安に歯止めをかける狙いを持ったルーブル合意からだ。G7は具体的には、参加国の財務相、中央銀行総裁が年に数回集まり、為替相場やマクロ経済状況を討議している。秘密会をやめてからは、ほとんどのケースにおいて声明を出し、それが市場を大きく動かしたこともある。

しかし実際には、これらの会合でも世界で圧倒的な経済規模を誇り、核軍事力でも通常戦力でも圧倒的に強く、世界中に軍事基地を持つ米国の意向が色濃く反映されたのである。為替に関するプラザとルーブルの合意も、言ってみれば「米国の意図を国際社会の意図として市場に浸透させるため」にG7という場が借りられたようなものだ。米国もその相対的な経済地位の低下の中で、「世界各国の意志」を取り入れざるを得なくなっていた。

しかしそのG7も今やインド、中国、ブラジルなどBRICs諸国の著しい経済的台頭、それに先進国を圧倒する人口の多さ故に、影響力を低下させている。BRICs諸国の経済成長率が7%を超えているのに、G7を構成する先進国経済はどこもわずかなプラスで“青息吐息”である。G7も司令塔たることができなくなっている。

新しい司令塔

期待を背負ってできたのがG20だ。しかし1カ国が5分しゃべっても100分かかる。誰が考えても効率的ではない。結果は、「G7もG20も帯に短したすきに長し」となった。このままでは、世界各国が相対化する中で世界はバラバラになってしまう。ではどうすればよいのか。それは少数の力のある国による世界経済の運営、監視機関を作ることではないか、との意見が強かったし、私もそれに賛成である。

この原稿を書いている4月中旬になって、こうした行き詰まりを解消しようという動きが表面化してきた。それはG7からイタリア、カナダを抜き、インドと中国の新興2カ国を入れて、「新G7」を形成しようというものである。これは、今の世界経済のバランスを考えると、かなり均衡がとれている。G20の中で、世界経済の実質的なウエートが高く、不均衡是正にも力があって、その意志がある7カ国を新たな枠組みに発展させていこうというものだという。まだこれは一部の新聞が報じているだけだが、今の世界経済のニーズには合っていると思われる。

あるG20の関係者は、「各国内ではすでにこの枠組みが、新たなG7に発展していく可能性が意識されている」と述べており、またこの発言を裏付けるように、G20議長国であるフランスのラガルド財務相は4月15日の記者会見で「フランスが(世界経済の)システム上で重要なG7の一部となったことをうれしく思う」とまで述べている。

G7から外れるイタリアやカナダより、G8には入っていて今でも世界の指導国の意識が強いロシアや、南米で一番経済発展が速いブラジルをどうするかなど、難問は残っている。イタリアやカナダを除外する理由も必要だ。そういう意味では、まだ「新G7」の結成には紆余曲折があるだろう。しかし一つだけはっきりしていることがある。それは、不均衡是正から環境問題まで何から何まで相互依存関係を深めている世界経済において、かつて米国が、その後G7が果たしてきた司令塔の役割を、新しく作り出す必要があるということだ。

おそらくその中では激しい主導権争いが起こるだろう。しかし、世界の主要国が集まって世界経済を議論している、その結果何らかの方向を出せる、ということは常に不安定な状況に置かれることが多いマーケットには重要だ。利害を超えて行動できる機関が存在するというだけで安心感があるし、市場のよりどころができるということだ。市場を長く見てきただけに、そして市場が時に非理性的になることを見てきただけに、そうした機関の必要性は高いと思う。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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