金融そもそも講座

欧州も波乱の幕開け

第178回

2017年が始まった。既に様々な予兆が出ている。米国ではトランプ次期大統領がフル回転状態で、フォード、GM、トヨタなど個々の自動車メーカーにメキシコ投資がらみでツイッター攻撃をかけ始め、従来の米大統領との異質さを示し始めた。しかしこの問題は次回以降にとっておこう。

今回は、今年が欧州の年にもなる可能性を取り上げる。波乱含みという意味でだ。オランダ、フランスそれにドイツの国政選挙があり、加えて昨年末にレンツィ首相が辞任したイタリアも総選挙の前倒しに迫られるだろう。それらは欧州の将来を大きく左右しかねない。去年の「トランプ大統領登場」は不安材料とならずに、マーケットをrisk-take(リスクを取る)の方向に誘導した。しかし今年予想される欧州の政治的イベントとしての国政選挙や実際のトランプ政権発足後の政策は、マーケットをrisk-averse(リスク回避)の方向に変えかねない。

景気は上向き

まず年明け前後の欧州の経済状況を見ておくと、全体的には良い。相変わらずテロは続いているが、株価は高く、ドイツ、フランスを中心に景気には上向きのトレンドが見える。最悪状態だった欧州景気も、ECB(欧州中央銀行)の超緩和策や経済の自律的調整の動きで、徐々に回復してきているように見える。ここ数カ月の各国経済指標を見ると、景気の強さがうかがわれる数字が読み取れる。

特に変わってきたのはインフレを巡る状況だ。欧州の統計機関であるユーロスタット(欧州連合統計局)の最新統計によれば、日本と同じように低インフレ症状に直面してきた欧州の物価上昇率は、12月には1.1%のプラス(前年同月比)になった。これは2013年9月以来の「1%越え」だ。

項目別に見るとエネルギーが2.5%の大きな上昇になっていて、最近の石油価格の上昇がインフレ率上昇に寄与していることが分かる。しかしその他の一般消費者部門でも、欧州のインフレ率は着実に上昇しており、経済の体温が徐々に上昇していることが分かる。日本よりよほど低インフレ状況脱出の見通しがあると言える。つまり今の欧州の状況は良いのだ。

ジレンマに直面するECB

困った状況になるのはECBだ。改めて域内加盟国の景気のバラツキが明確になったことで、ECBに求められる政策が国によって変わってくるのだ。ドイツでは既に「ECBは利上げに踏み切るべきだ」との意見が強まりつつある。それは同国のインフレ率が1.7%の高さになってきているからだ。「もう超緩和などしている時ではない。早期に引き締めに転じるべき」という意見。インフレに強い警戒感を持つドイツでは、ECBへの引き締め期待は強い。

しかしこれとは全く別の意見を持つのは、財政状況も悪く経済に強さが感じられないギリシャ、スペイン、ポルトガル、イタリアなど南のEU加盟諸国だ。これらの国は、いまECBが引き締めに転じた場合、困る理由に事欠かない。景気が良くなる前に腰折れしかねないし、金利上昇に直面すれば負債まみれのこれらの国は、国家財政もそうだが家計や企業などが返済負担の増大という大きな危機に直面する。つまりECBは金融政策の運営で、“股裂き”の極めて難しい局面に直面する。

急いで引き締めに転じれば、せっかく落ち着いているギリシャの債務問題などが再燃しかねないし、銀行システムに問題を抱えるイタリアも不安だ。しかし大規模な緩和策を続ければドイツなどが反発するという構図。今のところマリオ・ドラギ総裁が率いるECBは「量的緩和は継続、しかし国債などの買い取り量は削減」という両にらみの政策を打ち出している。しかしいつか、ごまかしが効かなくなる危険性がある。

まさかの展開も

欧州では、英国のEU離脱交渉がどのような展開で進むかについても不明点が多い。年初早々、メイ政権を揺さぶる事態が起きた。英国のロジャーズ駐EU大使が2017年早々に辞意を表明した。BBC放送は「政府との間に多少、感情的な不一致があった」と伝えた。キャメロン政権時代から大使を務めるロジャーズ氏はこれまでの英-EU関係を知り尽くし、他のEU加盟国との微妙な駆け引きを担える人物として期待されていた。今後本格始動するEU離脱交渉で重要な役割を果たすとみられていただけに、メイ政権には打撃だ。Brexitの後遺症は大きい。

欧州全体にとって今年難しいのはトランプ政権との間合いだ。NATOなどの枠組みにトランプ氏は大きな疑問を呈している。欧州はクリミア問題でロシアに強く反発。しかしトランプ氏はロシアとそれを率いるプーチン大統領への接近を示唆している。欧州にはクリミア問題が、第二次世界大戦の犠牲の上に決着した国境問題を再燃させるのではないかとの懸念が強い。ドイツのメルケル首相などはトランプ氏の人権感覚も懸念材料としている。

2016年のマーケットは、興奮状態の中で良いとこ取りをしていた傾向もみられた。むろん世界経済は、米国が利上げできるほどに改善してきていて、マーケットの改善にはなるほどと思える背景もある。しかし「まさか」がマーケットの常だ。注意が必要だろう。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。