1. いま聞きたいQ&A
Q

貿易収支が赤字になると、日本経済に悪影響を及ぼすのでしょうか?

所得収支の黒字が貿易収支の赤字を補う

財務省が今年(2011年)4月に発表した貿易統計によると、日本の3月における輸出額は前年同月比で2.2%の減少となり、16カ月ぶりのマイナスを記録しました。輸出額から輸入額を差し引いた「貿易収支」は1,965億円の黒字を確保しましたが、こちらも前年同月比ではマイナス78.9%と大幅に減少しています。

輸出額が減少したのは、3月11日に発生した東日本大震災によって産業部品などのサプライチェーン(供給体制)が傷つき、自動車や電気機器など多くの業種で一時的な生産停止や減産を余儀なくされたためです。一方で、原油など資源価格の高止まりで輸入額は増えており、それが貿易収支の悪化につながりました。

東日本大震災の影響は4月以降のデータに、一層大きく表れてくる見通しです。サプライチェーンの混乱や原発事故による電力不足など、いわゆる供給面の制約が解消されるまでの間、輸出はしばらく伸び悩む可能性が高いと考えられます。輸入については、原発事故を受けて火力発電へのシフトを進めるにあたり、原油やLNG(液化天然ガス)の需要が増える上に、今後は大震災からの復興に向けて資材などの輸入も増えることが予想されます。

民間調査機関の間では、早ければ今年4~6月期から、日本の貿易収支が四半期ベースでは2009年1~3月期以来の赤字に転落するという見方が広がっています。

貿易赤字すなわち輸入額が輸出額を上回った状態になると、円を米ドルなどの外貨に換えて支払う(円売り・外貨買い)額が増えることになるため、一般には外国為替市場で円安が進みやすくなるといわれています。ただし、現状では為替相場に目立った円安の傾向は見られません例えば今年5月18日現在、東京外国為替市場の円・米ドル為替レート(終値)は1ドル=81.01円で、大震災の直前に比べてむしろ円高が進んでいます。

その要因のひとつとして、「経常収支」が黒字で推移していることが挙げられます。日本の対外経済取引の収支は、いわゆるモノ(財)の出入りを表す貿易収支のほか、サービスの出入りを表す「サービス収支」や、海外保有資産が生み出す利子や配当金などの出入りにあたる「所得収支」など、複数の収支項目から構成されます。これらをすべて合計したものが経常収支です。

日本の政府が保有する外貨準備や、日本の企業・個人が保有する海外の株式や債券、不動産などの金融資産、そして日本の金融機関による海外投資などを累計した「対外純資産」は、2009年末時点で266兆円超に上り、19年連続で世界1位を記録しています。この世界最大の対外純資産が生み出す所得収支はここ数年、毎月1兆円前後の黒字で推移しており、その恩恵から貿易収支が多少悪化しても、日本の経常収支は大幅な黒字を維持しているのです。

企業や個人投資家、機関投資家は外貨で受け取った利子や配当金、地代などを円に転換することが多いため、円買い・外貨売りが増えて円高につながりやすくなります。つまり貿易収支が赤字になっても、それを所得収支の黒字が補い、経常収支としてプラスが続く間は、輸入代金を支払うための円売り・外貨買いが大きなインパクトとならないため、本格的な円安トレンドへは向かいにくいと考えられるわけです。

経常収支の赤字転落が円安トレンドの引き金に

問題は、将来的に経常収支が赤字に転じた場合でしょう。今回たとえ大震災が起きなかったとしても、日本はすでに構造的な供給面の制約を抱えています。少子高齢化によって、15歳以上65歳未満の「生産年齢人口」が加速的に減少しつつあるのです。これは中長期的にみて総供給の減少を意味し、場合によっては輸出に大きな影響を与える恐れがあります。

所得収支の黒字がいずれは縮小に向かう可能性も否定できません。大震災からの復興にあたっては国債の増発が避けられそうにありませんが、そうでなくても日本の財政赤字は深刻な状況です。国債の消化をはじめ、さまざまな資金需要に対外純資産の取り崩しで対応せざるを得なくなる日が、来ないとも限りません。海外から資金を引き上げて円に換えることは円高要因ですが、経常収支の悪化が理由ならば、反対に強烈な円安要因となるはずです

今回、大震災がきっかけとなった貿易収支の悪化は、それ自体が日本経済に悪影響を及ぼすというよりは、むしろ将来のさらに大きな悪影響に向けて警鐘を鳴らしているような気がします。

ご注意:「いま聞きたいQ&A」は、上記、掲載日時点の内容です。現状に即さない場合がありますが、ご了承ください。

バックナンバー2011年へ戻る

目次へ戻る