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英国の欧州連合(EU)離脱は世界経済にどのような影響を及ぼしますか?(前編)

先行きの読めない慢性疾患がもうひとつ加わった

この問題を考えるうえで最も重要なキーワードは「不確実性」ではないでしょうか。国際社会は過去にも経済的な危機や大混乱を何度か乗り越えてきましたが、それらの事例と比べると今回は明らかに性質が異なります。

例えば2008年のリーマン・ショックと金融危機をもたらしたのは、米国から世界の金融市場へサブプライムローン関連商品が拡散して不良債権化したことであり、処理すべき諸悪の根源がはっきりしていました。ところが現在の欧州では、英国のEU離脱が決まったことで将来的な不安こそ増してはいるものの、金融システムや実体経済に具体的な障害が生じているわけではありません。

問題の本質は、英国とEUの新たな関係が不透明なために、今後どの程度の影響がどの程度の期間にわたってもたらされることになるのか、現時点で見通せない点にあります。中国景気の行方や原油価格の動向、中東情勢などに加えて、世界経済はいわば先行きの読めない慢性的な疾患をもうひとつ抱えたことになるわけです。

実際の離脱プロセスは英国がEUに対して公式に脱退を通告することで始まり、その後、両者の新しい関係を定める貿易や投資などの協定交渉が2年を期限として進められます。当然のことながら、英国は新協定が自らにとって不利な内容になることを避けようとするはずです。しかし、EU側は離脱の追随国が出ることを防ぐために、英国との協定交渉には厳しい態度で臨むと表明しています。

交渉がどのような結果になろうとも、その過程で英国が受ける経済的ダメージは小さくなさそうです。国力低下を反映した通貨ポンドの下落とそれに伴うインフレ率の上昇、利便性低下による海外からの直接投資の減少、関税の復活によるEU域内での貿易の落ち込みなどを通じて、英国経済が失速に向かう可能性も指摘されています。

IMF(国際通貨基金)の試算によると、EUを離脱した英国の19年のGDP(国内総生産)は残留の場合に比べて6%近く低下する模様です。英国財務省も最悪のケースとして、英国のGDPが今後2年間で6%、15年後には最大9.5%押し下げられ、深刻な景気後退に陥ると予測しています。

世界全体のGDPに占める英国の割合は4%程度にすぎないため、欧州や世界への経済的な影響は限定的かもしれません。一方で、英国のEU離脱は「欧州統合」という戦後の秩序が再編・崩壊へ向かうことを意味しており、それが世界に与える心理的影響の方が大きいという声も聞かれます。

OECD(経済協力開発機構)では、英国とEUの交渉が不透明なことから生じる懸念が金融市場の混乱を断続的に誘発し、それが世界経済の下振れ要因になると予想しています。同機構の推計では、英国がEUに残留した場合との比較で、18年に経済成長率が欧州で約0.99~1.16%、日本で0.46%、米国で0.24%それぞれ低下する見込みです

金融緩和と所得格差の拡大が負のスパイラルをもたらす

ある市場関係者は長期的な影響として、景気低迷のなかでインフレが進む「スタグフレーション」の可能性を挙げています。今回の騒動で浮かび上がった既存の権威や格差、グローバル化への反発が世界的な潮流となった場合、政治家は格差是正への取り組みや保護主義の推進、移民制限などに動かざるを得ないでしょう。結果として先進国の潜在成長率がいっそう低下するとともに、賃金は上昇に向かってインフレ圧力が高まるというわけです。

そこまで大げさでないにしても、不吉な兆候はすでに表れています。英国のEU離脱が決定(日本時間で6月24日)すると、投資家の間では世界経済の先行き懸念からリスクを回避する姿勢が強まり、比較的安全とされる国債に投資マネーが流入しました。7月1日には日本の長期金利の指標となる新発10年物国債利回りが、マイナス0.260%と過去最低値を更新。ドイツや英国でも過去最低に近い水準まで低下したほか、米国の長期金利も一時1.378%と4年ぶりに過去最低値を更新しています。

こうした日米欧の金利低下について、投資家の短期的なリスク回避にとどまらず、世界経済の長期停滞を見越した動きだと分析する専門家もいます。市場では再び世界規模で金融緩和が拡大に向かうとの観測が高まっており、すでに出口戦略に乗り出した米国でも年内の利上げは厳しいという見方が大勢を占めています。米国シカゴ・マーカンタイル取引所のデータによると、市場が予想する米国の利上げ確率は今年11月までがゼロ%で、12月も14%にすぎません。

金融緩和によって世の中に低金利やマイナス金利が広がると、株式や不動産など主として富裕層が所有する資産の価値が高まるため、所得格差がいっそう拡大へ向かう恐れがあります。格差拡大が政治的ポピュリズム(大衆迎合主義)のさらなる浸透を招き、それが国家や民族、階級間の分断・分裂に拍車をかけるならば、英国のEU離脱は結果として世界経済に負のスパイラルをもたらすことになりかねません。次回はその辺りの話題を中心に、引き続きこの問題について考えます。

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