1. いま聞きたいQ&A
Q

「経常赤字」は日本経済にとって、どこまで問題なのでしょうか?(前編)

経常赤字そのものは善悪では測れない

日本経済は1981年から2013年までの過去33年間、年ベースでは一度も経常赤字に陥ったことがありません。私たち日本人にとって、「日本が巨額の経常黒字国である」という見方はなかば常識だったといえるでしょう。ところが11年の東日本大震災を機に貿易赤字が毎年大きく拡大しており、近い将来に経常収支も赤字に転じるのではないかという懸念が高まっています。

月間の経常収支で見ると、赤字を計上するのはすでに珍しいことではありません。近いところでは、昨年(13年)10月から今年1月にかけて4カ月連続で経常赤字を記録。なかでも1月の1兆5,890億円という赤字幅は、月ベースで過去最大の数字でした。

長らく経常黒字が続いただけに、私たちはともすると「経常赤字=悪」というイメージで捉えがちです。しかし、経常黒字や経常赤字そのものについては、単純に良い悪いという尺度で測れないという考え方が一般的です。

そもそも経常収支とは何を意味しているのでしょうか。ひとつの考え方として、「経常収支=国民所得(総生産)-国内総支出(総需要)」という式で表す方法があります。これに従うと、例えば国内景気が回復して総需要(内需)が総生産を上回った場合、供給不足を補うために海外からの輸入が増加して経常赤字になります。

反対に国内景気が低迷して内需が縮小し供給過剰になった場合には、輸入が減って経常黒字が拡大します。また、経常黒字は企業などが手元資金をため込んだ結果として発生することもあるため、デフレの象徴とみなすこともできます。

すなわち経常収支の赤字や黒字は、あくまでも経済活動の“結果”にすぎないわけです。たとえ日本が経常赤字に陥ったとしても、その事実をいたずらに悲観したり、経常黒字を“目標”にするようなことには意味がありません。むしろ重要なのは私たちが経常赤字の原因について考え、日本経済の現状をできるだけ正確に把握することではないでしょうか。

日本はいよいよ「成熟した債権国」になった?

日本の経常収支が悪化している大きな要因は、言うまでもなく貿易赤字の拡大です。特に最近、問題視されているのが、アベノミクスによって円安が進んでいるのに輸出が伸びないことです

そこには2つの構造的な要因が関わっていると考えられます。ひとつは電機業界に代表される動きで、国際競争力の低下から輸出が伸び悩む一方、海外メーカーからの輸入は増えるという傾向です。例えば米国アップル社などのスマートフォンの輸入が急増し、電話にまつわる貿易赤字は過去3年間で5,000億円から2兆円まで膨らみました。デジタルカメラもスマートフォンに需要を奪われ、2013年の輸出は5491万台と、ピークだった10年から半減しています。

もうひとつは自動車業界に代表される動きです。グローバル展開として生産の現地化を進めた結果、海外における現地販売やいわゆる「外-外」の輸出、あるいは日本への逆輸入などが増えています。海外生産が進んだ分、日本からの輸出は増えにくくなりましたが、企業としてみれば成功しているケースも目立つことから、一概に悪い傾向とは言い切れません。

こうした貿易構造の変化が進みつつあるなかで東日本大震災が発生し、原子力発電所の停止に伴って火力発電向けLNG(液化天然ガス)の輸入額が膨らみました。13年には為替レートが年間で約18円の円安となりましたが、輸出が伸び悩んだ結果、貿易赤字は12年に比べて約4.5兆円も増加しています。

ただし、貿易赤字の大幅な拡大にもかかわらず、13年の経常収支は3兆3,061億円の黒字を確保しました。日本の企業や個人投資家などが海外に持つ資産から負債を差し引いた「対外純資産」は、12年末で過去最高の296兆円に膨らんでおり、そうした資産からの利子や配当にあたる「所得収支」が多額の黒字を稼いでいるからです。13年の所得収支は16兆5,318億円と、12年から約2.4兆円増加し、貿易黒字がピークだった92年と同程度の水準に達しています。

以前にも紹介した国際収支の発展段階説になぞらえると、このように貿易赤字を所得収支の黒字で補い、経常黒字を確保する段階は「成熟した債権国」と呼ばれます。専門家の間では日本がいよいよこの段階に入ったという声も聞かれますが、現在のペースで貿易赤字が増え続けると、早ければ16年にも所得収支の黒字を上回り、年間で経常赤字に陥るという見方もあります。一足飛びに「債権取り崩し国」の段階へ進んでしまうというわけです。

日本は本当に近い将来、債権取り崩し国になるのでしょうか。そうなったとき日本経済にはどのような影響がもたらされるのでしょうか――。次回も引き続き、日本の経常収支について考えてみたいと思います。

ご注意:「いま聞きたいQ&A」は、上記、掲載日時点の内容です。現状に即さない場合がありますが、ご了承ください。

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